PSYCH-K®(サイケー)とは何か

2017年のワークショップ開催が決定しました。詳細はHP記事をご覧ください。

私の体験談 腰痛の完治①

私は昨年11月に香港で開催されたPSYCH-K®のベーシックワークショップに参加したのですが、その後いろいろな信念の書き換えを行ったところ、仕事や健康面において様々な変化が現れました。その一つが、6年間患ってきた腰痛が治ったことです。

 

腰痛が起きた直接的なきっかけは、出産と、産後に急に極端に重いものを持ったことだと思うのですが、PSYCH-K®を通じて、自分の生い立ちや家庭環境、そして夫婦関係などに対する様々な心の滓のようなものが腰痛という症状になって表れていたということが理解できました。

 

PSYCH-K®では、潜在意識にインストールされている「不都合な信念」を書き換えるということをしますので、最初に香港でワークショップを受けた際、私は「腰痛が完治した」という信念で潜在意識の書き換えを行いました。それだけでもある程度症状が緩和されたのですが、程度としては以前より3割くらい回復した、といったところで、完治には至りませんでした。帰国してからその理由を色々と考えていたところ、「腰痛」というキーワードに関して、私と母の親子二代にわたり関連があるということに気づきました。

 

私の母は20歳そこそこで長距離トラック運転手の父と結婚し、ほどなく私を妊娠、出産しました。その約2年後には弟を出産しましたが、性格のきつい姑に、流産しかかっていたのを丸一日放置されたり、産後1カ月もせずに家業のミカン畑の農薬散布に行かされたりと、精神的、肉体的に何かと負担の大きな結婚生活を送っていました。仕事に対する選択肢もなく、あるときには祖母が母にやらせるための内職の仕事を、どこからか勝手に請け負ってきたこともありました。ですが母が一番困惑したのは、私が小学4年生くらいになったころ、父と一緒にトラックに乗ることになったことでしょう。それまで父は助手を雇っていました。その人が長く続けてくれることを前提に、教習所に通う費用を父が負担して大型トラックの免許を取ってもらったのですが、取得後すぐにその人が仕事を辞めてしまったため、すぐにでも人を雇う必要があったのです。そんな時、取引先の会社の人が父に「奥さんを助手にするしかないだろう」と言い、母は自分の意志と全く関係なく長距離トラックに助手として乗ることになりました。後年、母は結婚生活でこのころが一番大変だったと言いました。あるとき36歳の時の日記を読み返したところ、「10年経って子どもの手が離れたら絶対に離婚する」と書いてあったのでびっくりしたそうです。

 

仕事の内容は、夜中に仕事から帰ってきて数時間程度の睡眠を取り、朝起きて朝食を作って私と弟を学校に送り出した後、溜まっていた家事をしてその日の夕食を作り置きし、お昼に父を起こして昼食を出したら、出勤してその日の荷物を積み込んで夕方から大阪までトラックを走らせ、夜中に徹夜で大阪に点在する家具屋にタンスを降ろして回り、お昼近くまでかかって全部降ろし終えたらその足でまた家に帰り・・・を繰り返すというハードなものでした。ミカン農家としては急斜面の畑で重いミカン箱を運んだり、選定や農薬散布を行い、運送業では重い婚礼ダンスセットを積み降ろししていたことで、母の腰は椎間板ヘルニアを患い、すっかり悪くなってしまいました。

 

私が子供時代の両親の夫婦仲はおおむね良好でしたが、家庭において母が何かと理不尽な扱いを受けていたことははっきり知っていましたし、私や弟がいなければ母は間違いなく離婚しただろうということも感じていました(子供のころの私には、朝目覚めたら母親が姿を消しているのではないかという恐怖が常にありました)。またこの時期に母の生き方が私の潜在意識に「母親としてのひな型」「妻としてのひな型」としてしっかりと刻み付けられたことは想像に難くありません。また、母のことをいじめる祖母、そしてそうした祖母から母を守ろうとしない(というより、そもそも祖母の態度に気づいていなかったのですが)父親に対して強い憤りを感じていたのも事実です。 続く