PSYCH-K®(サイケー)とは何か

2017年のワークショップ開催が決定しました。詳細はHP記事をご覧ください。

「根拠なき自信」の大切さ~自分を100%愛するということ~

ロブ・ウィリアム氏によると、表層意識が「Yes」と信じていても、潜在意識が「No」の判定を下していることはよくあるそうで、私の場合は、「自分を100%愛している」「両親から愛されている」というフレーズで筋肉テストを行ったところ、「No」という結果が出たことがそれにあたります。

「親から愛されていない」などという信念を持っていると聞くと、親から虐待を受けて育ったと誤解されるかもしれませんが、両親はごく普通の倫理観と大きな愛情をもって、私と弟を育てるために、できる限りのことをしてくれたと思っていますし、そのことについて心から感謝もしています。

それでも私は上記のような信念を持つに至ったわけですが、その原因は、弟が生まれた時の私の体験にあるのではないかと分析しています。

 

3歳未満の記憶はほとんど残っていないとよく言われますが、私の一番古い記憶は、夜になると、母親が弟を抱っこして、私を母屋の祖母の部屋に残して離れの両親の部屋に行ってしまうというものでした。私はその時、一緒に連れて行ってほしい・・・でも言えない・・・どうか振り向いて、私にも手を差し伸べてほしい・・・そんな気持ちだったことを鮮明に覚えています。でも、どんなに駄々をこねようが、自分は決して連れて行ってはもらえないということも分かっていました。

成人してから母親に「私は早くからおばあちゃんのところで寝かせられていたけど、弟はずいぶん長い間お母さんと一緒に寝ていたよね」と口にしたところ、母は、弟が両親の部屋で寝ていたのは生後半年くらいまでのことで、それからは2人とも祖母の部屋で寝ていたというのです(私が生まれたころは粉ミルク全盛期で、生後半年もすれば授乳を終えるのが当たり前だったそうです)。弟が生まれてから半年間というと、私が1歳8カ月から2歳2カ月の間ですので、よくもまあそんな昔のことをしつこく覚えていたものだと我ながら驚きました。あまりに記憶が鮮明なので、私はてっきり、自分が3~4歳くらいのときの体験なのだろうと思い込んでいたのです。ですが、母が弟を出産したあとに起きたことを母から聞き、なるほど、そういうことだったのかと腑に落ちました。

 

私の祖母は私のことを溺愛していました。祖母は娘が欲しかったのに息子しか生まれず、孫も男ばかりだったので、私が生まれた時に「うちの物干しに赤い服(女の子の服)が干してある」と、ことのほか喜んだのだそうです。その程度ならよかったのですが、祖母は私を溺愛(執着)するあまり、私と母の仲を割こうとする行動に出ることもよくありました。後年、私はよく祖母から母の悪口を聴かされたものです。

母は弟を出産する時、産後の里帰りに私も一緒に連れて行こうと思っていました。ところが、この祖母が強硬に反対し、私を置いてゆけと主張して譲らなかったため、残して出ざるを得なかったのだそうです。若い母親が姑から「孫の面倒を見るのは自分の義務だ」「自分のことが信用できないのか」などと詰め寄られたら、母でなくともとても歯向かえないでしょう。ですが当時の私は、母親が突然消えてしまった理由を理解できず、「捨てられた」と思ったとしても不思議はありませんし、どんなに悲しかったかと思います。そして母が弟を連れて里帰りから帰ってきた日の夜、私は母にすがりついてそれは激しく泣き続けたそうです。不憫に思った母が私と一緒に寝てやろうとしたところ、今度は父から「子供を甘やかすな!」と叱責されてしまいました。それで、結局私は母から無理やり引き離されて祖母のところへやられてしまったとのことでした。

おそらくこの体験で、「私はお母さんから愛されていない」「私は捨てられた」「私よりも弟の方が大事にされている」といった信念が潜在意識にインストールされたのでしょう。

 

大人になって母からことの詳細を聞き、そういうことだったのかと私の表層意識は納得しました。大人なので左脳による論理的な思考もできますから、当時の母の立場、父の考え、祖母の行動なども理解できます。ですが、言語や論理的思考を持たない乳幼児の潜在意識にインストールされた「私は愛されていない」といった古いソフトは、相変わらず起動し続けていたのでしょう。別の言葉で言うと、母から話を聞いてからもなお「私は愛されていない」というフィルターを通して世界を見ていたということです。

 

PSYCH-K®で「自分は愛されている」「私は自分自身が大好きだ」という信念に書き換えを行って、自分を愛することができるようになると、目に映る世界がこんなにも違って見えるのだということが本当によく分かりました。

それまでの私は、なんとなく「誰にも受け入れてもらえない」「どこにも居場所がない」といった漠然とした疎外感を常に感じながら生きていたのだと、初めて知ったのです(あくまでも漠然と、です)。それまでの私はそれが当たり前だったので、何の自覚もしてこなかったのですね。

 

先日、劇画原作者小池一夫氏の「人間には、何の根拠もない自信と、根拠ある自信の両方が必要だ」という言葉が目に留まりました。根拠ある自信とは、自分が努力して積み重ねてきた実績に基づく自信、そして根拠なき自信とは、生まれてから一定の年齢に達するまでに親との関係によって育まれるものということで、結局のところ自分を肯定できるかどうか(根拠のない自信を持てるかどうか)は、胎児から幼児の間までの親子関係によるところがほとんどなのでしょう。(そのあたりのことは『愛は化学物質だった!?』(スーザン・クチンスカス著、爲清勝彦訳)に詳しく説明されていますので、ご興味のある方はご一読をお勧めします)

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PSYCH-K®を知って、私にはいろいろな変化が訪れました。仕事がトントン拍子にうまくいくようになったことなどその典型的な例ですが、一番の収穫は、自分を肯定できるようになったこと、自分のことを100%愛していると言えるようになったことだと断言できます。

幸せになりたいと願う人は多いでしょうが、この体験で私が得た心の満足感は、社会的な成功や他人からの称賛といった外的要因からは決して得られない種類のものだということがよく分かりました。そしてそれは、自分自身で創造するしかないのだということも。なぜなら、自分にとって不都合な信念を書き換える、もしくはフィルターを取り換えることは、他の誰にもやってもらえない、自分自身にしかできないことだと思うからです。